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創刊1924年(大正13年)、通巻1000号を超えた鶏の専門誌!
他産業からみても魅力ある業界に
                有限会社ダイノーエッグ 古屋聡氏古屋聡氏
今回取材した広島県広島市に事業本部を置く(有)ダイノーエッグの古屋聡専務は、小さい頃の家業への思い入れの強さから、自らの進む道を変更して養鶏業界に飛び込んできた。
――家業については小さな頃から知っていましたか。
古屋 はい。小さい頃から、父の仕事場に出入りしていた記憶があります。ケージの組み立てや、鶏糞処理、鶏の出し入れ、ワクチネーションなど、夏休みや冬休みを利用していろいろと作業を経験していました。こうしたことに家の仕事を手伝うのは当たり前のことだと思っていたので嫌だと感じたことはありません。ただ、大変な仕事をしているなと感じていましたね。
――継ぐということを意識はしていましたか。
古屋 三人兄弟で、誰かが継げばよいかなと思っていたので継ぐというイメージはまったくなかったです。中学、高校と好きなサッカー中心の生活をして、大学は、順天堂大学の体育学部です。大学ではサッカー部に入りましたが、途中で多くの才能のある人に出会い挫折も経験しましたね。それでも在学中は何か別の道でスポーツをと思い、競技スキーなどにも挑戦しました。それから、重度の障害を持った子供を外に連れ出して、運動をさせるようなボランティア団体に所属したりしていました。最初は興味半分でしたが、短い人生を生きる子供たちの考えていることは非常に密度の濃いことだと感じるようになって、結局在学中四年間ずっとそこに所属していましたね。
――そして卒業後は、スポーツジムに就職。
古屋 ええ、自分はスポーツ業界で生きていくと決めていましたからね。東京にあるスポーツクラブに就職しました。一番熱を入れてやっていたのは、生活習慣病を患った方を対象に、運動プログラムを組んで健康になるためのサポートをする仕事です。今でも、スポーツが大好きです。最近はサーフィンですね。
――そうすると、家業を継ごうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。(続きは8月号に掲載)