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創刊1924年(大正13年)、通巻1000号を超えた鶏の専門誌!
「ぶったまごはん」を世に送り出す

       ㈱のだ初 野田裕一朗専務
 今回取材した㈱のだ初の野田裕一朗専務の話は意外性に富んでいた。たまごかけ醤油ごはん「ぶったまごはん」を世に送り出し、いまでは自他共に認める卵好きな野田専務だが、そんな現在からは到底想像できない、後を継ぐことが嫌で勘当同然で家を飛び出した過去を持っていた。彼が卵の消費拡大に熱意を露にするにいたるまでには、一体何があったのだろうか。
 ㈱のだ初は、1913年(大正2年)に飼料雑穀店として創業して以来、養鶏業を生業として高品質な卵の安定供給を続けてきた。現在では、鶏卵の生産から流通、販売までのシステムサービス、畜肉加工、惣菜、各種飼料の販売までを手掛け、卵専門店として開店した「うぶこっこ家」はテレビに取り上げられるほどの人気店に成長した。
 この「うぶこっこ家」のプロデュースをはじめ、積極的に卵の良さを消費者に伝えようと奮闘しているのが、野田裕一朗専務である。
――「うぶこっこ家」はすぐにゴーサインが出た企画だったのですか。
野田 いえいえ、オープンまでには5年かかりました。幹部会議で全員から反対された所から始まった企画なんです。私は自分達の思いを伝えましょう、そのための店を出しましょう。これからは作って卸すだけの商売ではなく良いものを作ったらそれを伝えなくては、と訴えたんです。ですが、最初の反応は生産者だからそんなことしなくても良い、良いものを作っていればそれで良いという雰囲気で。
――それでも諦めなかった。
野田 伝えることは絶対に必要なことだと思っていましたから。開店までの五年の間には学ぶ機会も多く、この間に直売店からたまご専門店に企画変更したりして、やっとOKを出してもらえたんです。店がオープンしたときは嬉しかったですよ。店の前には80人程の行列ができていて、開店と同時に大きな声で「いらっしゃいませ」と挨拶するつもりだったのですが、涙が溢れて喋れなかった。(続きは4月号に掲載)
 同氏の「たまごニコニコ大作戦!」の詳細は7月号に掲載