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創刊1924年(大正13年)、通巻1000号を超えた鶏の専門誌!
国際協力なしには対応しきれない

FAO東アフリカ地域越境性動物疾病管理緊急センター地域管理官
ウィリアム・アマンフ


東南アジアから二〇〇三年に鳥インフルエンザの流行が始まり、中東、ヨーロッパと広がって二〇〇六年にはついにアフリカにも及んでしまった。
そこで、アフリカにおける鳥インフルエンザに関する情報を提供したいと思う。また、アフリカにおける鳥インフルエンザのコントロールについて紹介したい。アフリカではユニークな疫学的状況もあるので紹介したい。
アフリカのいくつかの国について、それへのFAOの対応について、私が所属しているファクターの活動について、鳥インフルエンザのコントロールについての国際的な情報の提供が今回の内容の主なところだ。

大陸を貫くハイウェイを中心に感染が拡大
まず、ナイル川を想像してみて欲しい。河口付近を中心にエジプトがあり、H5N1が検出された。ナイル川から、人口密度の高い地域、家禽産業密度の高いところに蔓延するようになった。
 次に発生したのはナイジェリアだった。二〇〇六年の二月八日だった。また、
今年の六月から九月にガーナ。さらには、ブルキナファソ、カメルーンその他の国が感染した。
 現在のアフリカ大陸におけるウイルス感染状況を時間軸で見ていくと、大陸間を渡るハイウェイが重要なポイントになっていることが分かった。鳥インフルエンザだけでなく、さまざまな感染症がこれによって広がっていくことが確認されている。
ハイウェイには、多くの人も多くの家畜も移動するからだ。
こうしたことが分かったため、ナイジェリアで最初に感染したときには、このハイウェイを中心に対策を採ったために感染の拡大を防ぐことに成功した経緯がある。
二〇〇六年四月、アフリカ各国から鳥インフルエンザに関する報告があってから、二〇〇七年に入ってまた報告があったが、状況は大きく改善したということはないようだ。
(続きは12月号に掲載)
ハエの優勢種に即した防除対策を
国立感染症研究所昆虫医科学部
冨田隆史・小林睦生


これまでのまとめ
10・11月号と2号にわたって、京都府丹波町における高病原性鳥インフルエンザの流行に、オオクロバエが関与した可能性を述べてきた。ここでもう一度、オオクロバエの生物学的特徴と照らし合わせてみることにする。
1)オオクロバエは冬季に活動するハエであり、わが国における高病原性鳥インフルエンザの流行する時期と一致した。
2)成虫は動物の糞便や死体などの汚物を食べるため、鳥インフルエンザで死亡したニワトリの死体や排泄物に集まったと思われる。
3)オオクロバエはハエ類の中では大型である(オオクロバエの体長:11-15mm、ケブカクロバエ8-13mm、オオイエバエ:7-9.5mm)。その食餌がウイルスに汚染されていれば、汚染された排泄物等と同時にウイルスも大量に取り込む可能性は高い。本調査で、オオクロバエのウイルス保持個体はケブカクロバエよりも多かったが、これは体のサイズ、つまり、消化器官の容量の大きさによってもたらされたとも考えられる。食餌をより多く摂食できる個体は、排泄物や汚物に含まれるウイルスをも多く取り込むことができるからである。
4)寿命が長く繁殖能力に優れる。オオクロバエの成虫の活動する期間は長く、その期間中何度でも摂食することができる。
5)移動能力に優れ、24時間内で少なくとも2~3kmに存在する近隣の鶏舎間を移動することは容易である(Tsuda, 未発表)。本調査でハエ類の調査を行った京都府丹波町の養鶏場は、国内4例目となる近隣の発生養鶏場とわずかに4kmしか離れておらず、実際に両鶏舎間のほぼ中間地点である2kmの地点でウイルス遺伝子陽性のオオクロバエが採集された。
6)最後に、ニワトリは近くを飛び回るハエを容易に捕まえて、生きたままでも食べる習性があることを追記したい(図1)。そのハエが、もし感染力のあるウイルスを保有していたら、ニワトリがウイルスに感染する可能性は高い。(※図1の写真は12月号に掲載)

以上のことから、少なくとも鳥インフルエンザ流行時には、近隣の鶏舎間においてクロバエ類がウイルスを伝播する可能性は高いと考えられる。従って、鳥インフルエンザが発生した場合は、発生源から周辺へのハエ類の分散を防ぐために、殺虫剤による防除対策が必要となるであろう。次に、ハエ防除対策の現状を紹介するとともに、殺虫剤抵抗性発達の機構を解説する。

(続きは12月号に掲載)
アジアで常在化するウイルス、いつでも脅威に

FAOアジア・太平洋地域事務所越境性動物疾病管理緊急センター
地域調整官 ローレンス・グリーンソン


 今回は、FAOの代表として現在の鳥インフルエンザのアジアの状況、とくに東南アジア・南アジアの鳥インフルエンザの状況についてなぜ、このような状況になったのか、それを分析することにより、いかにこの状況を克服するかをお話する。
また家畜衛生の観点からどのような戦略があるのか、そしてわれわれが地域に対してどのような支援を提供しているかについて、そして最終的には鳥インフルエンザのコントロールに関する疑問点について述べたいと思う。
 これまでFAOとしても鳥インフルエンザのコントロールについては様々な活動を行ってきた。とくにこの疾病が人に対して、世界的な蔓延とないように努力してきた。
 世界に広がるこの疾病の重要な点は、家禽における蔓延をコントロールしなくてはいけないこと、そしてその疾病の深刻さを認識しなくてはいけないということだ。実際、現在の家禽における状況は、人の大流行と同じで、経済的、社会的影響度も大きい。

ウイルスの常在化が続くアジア地域
 まず、鳥インフルエンザのアジアでの広がりについてみてみる。鳥インフルエンザは最初東アジアから始まり、二〇〇五年にヨーロッパとアフリカに広がっていった。
中国で鳥インフルエンザが、もともと封じ込められていたものが、二〇〇三年に国外へとウイルスが伝播し、二〇〇五年になると東に進んで、西ヨーロッパ、ロシア、アフリカへと広がってしまったようだ。
鳥インフルエンザの現在の状況はわれわれの情報によると、不安定ながら均衡状態にあるとみている。また国によってはウイルスが常在化しているところもある。
 ウイルスはさまざまな国で存在しており、とくにアジアでは家禽産業の脅威となっているが、世界的にも公衆衛生の課題となっている。
現在、鳥インフルエンザは多くの国で大部分ウイルスについてコントロールできているが、その根絶にはいたっていないという状態だ。
(続きは11月号に掲載)
ハエ類で最も注目すべきはオオクロバエによるウイルス伝播
国立感染症研究所昆虫医科学部
澤邉京子・小林睦生


 ハエ類による病原体の機械的伝播といえば、主に口器の周り(唇弁)や脚の先(褥盤)など、ハエの体の表面に様々な病原体を付着させて飛び回る様子を想像しがちだが、本調査で対象としたクロバエ類は、動物の死体や排泄物を食餌とする習性のハエである。従って、クロバエ類による伝播を考える上で、一旦ウイルスを体内に取り込み、その後に次の動物に伝播する可能性を検討すべきではないかと考えた。そこで、鳥インフルエンザ流行時に、発生農場周辺で採集したハエ類から、個体別に消化器官(そ嚢と腸管)(図1)を摘出し、それらからのインフルエンザウイルスの検出と分離を行った。

 摘出した消化器官からRNAを抽出し、RT-PCR法に加えてより感度の高いsemi nested-PCR法により、インフルエンザウイルスの型(A型, B型, C型)と亜型(H1~H15亜型)を特定するためのマトリックスタンパク質(M)とヘマグルチニン(HA)の両遺伝子の検出を試みた。京都府丹波町で最初に鳥インフルエンザの流行が起きた農場から、約600m東の南側斜面に位置する場所(地点A,図2)で採集されたオオクロバエとケブカクロバエの各2プール(20頭から個体別に摘出した消化器官をまとめて1プールとした)のすべてからMおよびHA遺伝子断片が検出された(図3)。しかし、同地点で採集されたオオイエバエとモモグロオオイエバエからは、いずれの遺伝子も検出されなかった。得られたすべてのPCR産物に対して遺伝子解析を行い、HA遺伝子のアミノ酸配列に、病原性の強さに関わるとされる開裂部位を認めたことから、本ウイルスが強毒タイプであることを確認した。次いで、上述した発生農場からの距離が異なる3地点(A, C, F, 図2)で採集された各10頭から、個体別にウイルス遺伝子の検出を試みたところ、発生農場から600~700 m付近で採集されたオオクロバエの20%(地点A)と30%(地点F)、ケブカクロバエの20%(地点A)から、それぞれMおよびHA遺伝子断片が検出された(表1)。また、農場から東方に約2 km離れた地点Bで採集されたオオクロバエの10%も本ウイルスの遺伝子を保有していたことが明らかになった。
(続きは11月号に掲載)
AIが再発したベトナム国内のアヒルへの感染が深刻

京都産業大学鳥インフルエンザ研究センター
鳥取大学農学部付属鳥由来人獣共通感染症疫学研究センター
大槻公一


5.最近JRA施設で発生した馬インフルエンザについて

 つい最近、複数のJRA施設で馬インフルエンザが発生した。馬インフルエンザ自体一般的にはなじみが薄く、鳥インフルエンザの問題がなければあまり大きなインパクトを国民に与えることなく、メディアにも注目されなかったであろう。連日のようにメディアにとりあげられていたので、参考までに解説したい。
 馬インフルエンザは馬インフルエンザウイルス感染によって引き起こされる馬の発熱を伴う急性呼吸器病である。この馬インフルエンザウイルスが人などのほ乳類や鶏、アヒルなどの鳥類に感染する可能性は極めて低い。
 馬は呼吸器の細胞に鳥インフルエンザウイルスに感染しやすい受容体を持っていることが知られている。したがって、馬は人インフルエンザウイルスには感染を受けにくく、逆に、鳥インフルエンザウイルスに容易に感染することが分かっている。しかし、馬の正常体温は通常のほ乳類と同じ36~37℃であり、鳥類に比べはるかに低い体温である。その結果、馬インフルエンザウイルスは41~42℃が正常体温である鶏等鳥類の体内では、温度が高すぎて増殖できない。その結果、馬インフルエンザウイルスは他の種類の動物にはほとんど感染できないのではないかと考えられている(図1)。
 今回の馬インフルエンザは馬2型と呼ばれるもので、原因ウイルスの亜型はH3N8である。このウイルスは、現在北米、ヨーロッパなどに広く分布している。日本国内で飼育されているすべての競走馬は馬インフルエンザワクチンの接種を定期的に受けている。したがって、なぜ、ワクチン接種を受けている多くの馬に広範囲に馬インフルエンザの発生があったのか不思議である。
 近い将来、今回ウイルス陽性馬から分離されたウイルスの性状の詳細は報告されると思われるが、なぜ今回発生があったのか、考えられる可能性をあげてみたい。先ず、このウイルスが、競馬に関係する物件に付着して国外から持ち込まれた可能性がある。しかも、そのウイルスに抗原変異が起きており、国内の競走馬はワクチンを接種されていたにもかかわらず、発病を防ぐことができなかったのではないか。最もあり得る可能性であるが、ごく短い期間に、国内で複数の施設で発生した事実を説明するには若干無理がある。次の可能性も考えておく必要がある。
 一般的に広く使われているインフルエンザワクチンは、馬も含め不活化ワクチンである。不活化ワクチンのワクチン効果として認識されていることは、感染防止ではなく発病防止あるいは発病程度の軽減である。ワクチン接種を受けた馬は、野外の馬インフルエンザウイルスの侵襲を受けた場合、そのウイルスの感染を防ぐことはできず、体内でのウイルスの若干の増殖はあったが、典型的な馬インフルエンザの臨床症状の発現には至らなかった。そのため、関係施設には馬インフルエンザウイルスが分布し続けているにもかかわらず競走馬関係の関係者は気づいていなかった。より感度の高い診断技術ができたために、馬インフルエンザウイルスの感染があったことが判明した。1971年の大きな発生とは異なる様相を呈した。この可能性も考えられる。いずれにしても、JRAからは何らかの報告があるであろう。
(続きは11月号に掲載)
オオクロバエ、H5N1亜型ウイルスを
保持した状態で2~3キロ移動


国立感染研究所昆虫医科学部
澤邊京子・小林睦生


 わが国で79年ぶりとなった高病原性鳥インフルエンザの流行は、2003年12月山口県阿東町の養鶏場に始まり、翌04年3月までに大分県九重町では少数のチャボが、京都府丹波町ではニワトリが大量に死亡し、畜産業界ならびに消費社会に大きな波紋を呼んだ。いずれもH5N1亜型ウイルスの感染による流行であった(Mase et al., 2005)。次いで、05年と06年夏季に、茨城・埼玉両県下の養鶏場で弱毒タイプのH5N2亜型ウイルスが流行し、07年1月には、宮崎県と岡山県においてH5N1亜型ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザが再燃したことは記憶に新しい。
 一方、アジア諸国においてH5N1亜型ウイルスは水禽および家禽類の間でしばしば流行し、家禽類の経済的損失は甚大である。ほとんどの鳥インフルエンザウイルスは人には感染しないが、例外的に一部の亜型のウイルスは人に直接感染し、致命的な症状を引き起こすことが1997年香港での感染症例(H5N1亜型で六人死亡)以降広く知られるようになった。07年8月31日現在、WHOに公式に報告された感染者数は327名、死亡者数は199名である。H5N1亜型ウイルスは鳥のみが感染するのではなく、鳥から人への感染も危惧される深刻な動物由来感染症である。
 これまでの日本国内の流行において、発生農場へのウイルスの侵入ルートは解明されていない。
 しかし、主に①ウイルスに感染している鶏を海外より導入した。②ウイルスに汚染された器材・車両・卵ケースなどを使用した。③人の衣服・手・長靴などを介してウイルスが持ち込まれた。④野鳥が出入りできる鶏舎や屋外養鶏場では、感染した野鳥がウイルスを持ち込んだ可能性があると示唆された。わが国へのウイルスの持ち込みは感染した野鳥による可能性が高いとされるが、海外より飛来する動物は渡り鳥だけではなく、ある種類の農業害虫(朝比奈・鶴岡、1956)やクロバエ類(倉橋ら、1999)が、梅雨や秋雨前線、台風、季節風などによって運ばれてくるという報告もある。
(続きは10月号に掲載)

青海湖タイプのウイルスは従来のアジア型H5N1亜型ウイルスとは異なる

京都産業大学鳥インフルエンザ研究センター
鳥取大学農学部付属鳥由来人獣共通感染症免疫研究センター
大槻公一


4.2005年に中国のチベット地区の青海湖に突然出現したH5N1亜型鳥インフルエンザウイルス
突然予期せぬ事態が起きた

 現在、アジアを中心に広く猛威をふるっている強毒のH5N1亜型鳥インフルエンザウイルスは、1996年中国南部の広東省に初めて出現したと考えられている。その起源は、水鳥に長い間保有されていた弱毒にウイルスあると予想されている。このウイルスが中国国内で鶏に伝播して、鶏から鶏への感染を繰り返している間に、鶏に対する強い病原性を獲得したのではないかと考えられている。この強毒に変異したウイルスが、鶏群間に広がって、1997年のホンコンのライブ・バード・マーケットにおける、鳥インフルエンザの流行につながり、人への致死的な感染を引き起こしたと考えられている。同年暮れの押し詰まった12月30日から、広くマーケットを汚染していたウイルスの完全な消滅を図るために、ホンコン政庁の命令でホンコンのライブ・バード・マーケットの大掛かりな消毒とこれらのマーケットにおいて販売されていた生鳥を含むすべての家禽類の商品の徹底的な処分が大急ぎで行われた。しかし、ウイルスの完全な消滅には至らず、その後も、ホンコンのライブ・バード・マーケットにおける鳥インフルエンザの流行は何度も再発し、近隣に生息する野鳥へのウイルスの感染が起きたことも知られている。また、このウイルスはアジアのほぼ全域に広く拡散してしまい、現在においても大きな被害をもたらしている。
 このH5N1亜型鳥インフルエンザウイルスに感染した鶏のほとんどは、甚急性の経過で死亡する。しかし、アヒル等の水鳥が感染した場合、ウイルスの体内での増殖は起き、糞への多量のウイルスの排出は認められるものの、感染した鳥には明瞭な臨床症状を出現しないことの多いことは良く知られている。筆者たちも、これが強毒の鳥インフルエンザウイルスの一般的な鳥類への病原性であろうと考えてきた。
(続きは9月号に掲載)
2007年に宮崎・岡山県で発生したAIの病原菌は
ユーラシア大陸から

中国北京以南と以北に分布のH5N1ウィルス遺伝子レベルの性状は異なる


京都産業大学鳥インフルエンザ研究センター
鳥取大学農学部付属鳥由来人獣共通感染症疫学研究センター

大槻公一

韓国の事例から
日本国内において79年ぶりに鳥インフルエンザが発生したが、その直前に韓国南部での発生があったことは、日本国内に韓国からウイルスが持ち込まれた可能性を強く示唆するものであった。しかし、韓国においても、1945年日本からの独立を勝ち得て以来、2003年12月まで、典型的な高病原性鳥インフルエンザの発生をまったく経験していなかった。従って、明らかに、韓国においても、原因体であるH5N1亜型ウイルスは長らく韓国に常在していたのではなく、発生直前に他国から韓国に持ち込まれたことは容易に考えることができる。実際に、韓国政府は、詳細は不明であるとしながらも、水鳥を中心とした渡り鳥などによって韓国に持ち込まれ、その結果ウイルスが韓国の養鶏場に侵入した可能性の考えられることを正式には表明した。事実、初発があったと考えられたソウル市の南約50kmに位置する養鶏場の近辺には、渡り鳥(水鳥)が集積する多数の池および湖沼が存在し、さらに、渡り鳥の餌になりうる穀物が大量に栽培されている。
 しかし、どこから飛来した渡り鳥がそこへウイルスを持ち込んだのか、ウイルスの起源はどこにあったのかという、最も重要な情報を掴んでいなかった。
 なお、発生した直後には、初発は2003年12月5日に養鶏場で確認されたと発表されたが、現在では、鳥インフルエンザの韓国での初発はその養鶏場ではなく、初発日も12月5日ではなかったと訂正されている。現在では、遅くとも11月には初発があったと考えられている。しかも、初発は養鶏場ではなく、アヒル農場であったことも分っている。その初発のあったアヒル農場もコマーシャルのアヒル農場ではなく、たまたま種アヒル農場であった。韓国に侵入したH5N1ウイルスは、強毒であり鶏に対する病原性は激烈で、致死率は非常に高いが、アヒルを始めとする水禽類に対する起病性はほとんど示さなかった。
 なお、強毒の鳥インフルエンザウイルスに対するアヒルの抵抗性は、鶏に比べると遥かに強いのが一般的である。すなわち、強毒ウイルスでも感染したアヒルの腸管粘膜細胞で旺盛に増殖するが、臨床症状をほとんど発現させない。不幸にしてこの強毒H5N1鳥インフルエンザウイルスの侵入を受けた韓国のアヒル農場でも、飼育していたアヒルがウイルスに感染を受けていたにもかかわらず、明らかな臨床症状が感染アヒルには発現しなかった。(続きは7月号に掲載)
H5N1ウィルスによる高病原性鳥インフルエンザの
発生と野鳥のウィルス保有


京都産業大学鳥インフルエンザ研究センター
鳥取大学農学部付属鳥由来人獣共通感染症疫学研究センター
 
大槻公一

1.はじめに
 本年1月に3年ぶりにH5N1亜型ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザの発生が宮崎県と岡山県であったことはいまだ記憶に新しい。今回の宮崎県での最初の発生は、3年前と異なり、山中での養鶏場あるいは人家ではなく、市街地に近い住宅地に隣接した場所で起きたことは予想外の出来事であった。発生した養鶏場にはとんでもない災難が突然降りかかった。3年前とは異なり、養鶏県である宮崎県での鳥インフルエンザ防疫対策には、すでに力が注がれており、発生養鶏場においても、容易に鶏舎内には野鳥が侵入できない状況であった。そのような鶏舎内にウイルスが侵入して鳥インフルエンザの発生が起きてしまった。何がこのH5N1ウイルスを日本国内に持ち込んだのか。野鳥でなければそれでは何がウイルスを鶏舎内に持ち込んだのか。簡単には分からないし答えは難しい。しかし、実際にはH5N1ウイルスが鶏舎内に侵入して、飼育されていた鶏に感染が起きて一棟だけではあったが、多くのブロイラー種鶏が発病して死亡したのである。
 ところが、ごく最近になって、宮崎県清武町での発生が確認された1月12日より以前の、1月4日に、本病の発生があった現場から、約60km離れた熊本県の山中において瀕死状態で発見され、まもなく死亡したクマタカの体内からH5N1ウイルスが分離されたのである。このクマタカから分離されたH5N1ウイルスがどのような遺伝子性状を持つか、すなわち、三箇所の宮崎県での発生養鶏場、岡山県で発生した養鶏場から分離されたウイルスと同じ青海湖タイプの性状を持つか否か、まだ分かっていない。しかし、仮に同じ性状を示すのであれば大変興味深い。すなわち、どのような経路で宮崎県あるいは岡山県までウイルスが運ばれたのかを考える上でひとつの証拠ともなりうる大きな出来事になる。
 以上のような状況を考えると、2004年に発生した鳥インフルエンザの原因ウイルスが何によって国内に運ばれたのか、もう一度検証することには多少の意義があるのかもしれない。(続きは5月号に掲載)